自由(権限)と責任が表裏一体であるならば、「システミックリスク」を理由にお上に救われることが半ば正当化されている金融業界の規制が強化される方向に向かうのは理屈の上では当然だ。

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金融業界にいる方の多くは、リーマンショック以来拡がっている業界への規制強化の流れに拒否反応を示していることであろう。「民間の自由な創意を失ってはいけない」と。

 

また高額報酬制限に対しても、「金融の資産は『人』なので、優秀な人材をつなぎ止めておくためには、正当化されるべきだ」と。

【参考】「金融界は米国民に借り」米大統領、ウォール街で演説(朝日)
http://www.asahi.com/business/update/0915/TKY200909150107.html

「繁栄を取り戻している金融会社の多くは、米国民に借りがある」――。14日昼の米ウォールストリート(金融街)での演説でオバマ米大統領は、金融マンたちにこうクギを刺した。大統領は金融規制の強化について「他国が米国同様に規制改革を行うよう働きかける」として世界的な連携に意欲を示した。

 

 

 

では、果たして本当にそうなのだろうか。

 






「自由」の裏には「責任」が伴う。資本主義(=自由主義)における「自由」とは「参入・退出の自由」だ。それは同時に「責任」が伴うものだから、換言すれば「好きに活動してもいいけど、倒産しても知らないよ」というのが資本主義のルールだ。この自己責任の原則が徹底されてこそ、「活動の自由」というのが成り立つ。

 

 

この至極当たり前の原則に立てば、「システミックリスク」という名の下にお上に救われることが半ば正当化されてしまっている金融業界は、この「責任」を全うしていないといえる。たしかに「システミックリスク」を回避することは大事だ。

 

経済がカネの循環で回っている以上、金融機能の麻痺は経済全体に影響を及ぼすので、そういう意味では「システミックリスク回避」という名目で金融機関に公的資金を注入することは否定されるべきではない。

 

しかし、そうであるならば、その裏返しとして、当然金融機関が無茶をしてそもそも「システミックリスク」なんてものが起こらないように、活動に制限をかけるというのは、理屈の上では至極もっともな考え方である。

 

ただ一方で、また別の見方をすれば、金融機関が無茶をしなければ、わざわざお上が「制限」なんかかけなくても、「システミックリスク」は回避できるといえる。ということは、問題は無茶をした金融機関の「モラル」に起因するとも言える。そもそもみんなが「おりこうさん」にしていれば、ルールを厳しくする必要なんかない。

 

私はお上が「規制強化」に必要以上にしゃしゃり出てくるのは反対だし、お上の「モラル」が民間に比べて誇り高きものであるとは決して思っていないが、民間(金融機関)の「モラル」がここまで欠如してしまった以上、「ルール」で縛ることができるのは国家権力しかないから仕方が無い。

 

では、なぜ(一部の)金融機関のモラルがこうも欠如してしまったのだろうか。それは、「金融」本来の役割である「仲介」では儲からなくなってしまったからだ。そもそも「投資銀行」というのはプライマリー市場における「仲介ビジネス」だ。

 

抱える在庫は円滑なディールのための最小限のものであるはずが、いつの間にか自己売買部門が膨張して自分たちがトレードをして儲ける部分が多くなってしまった。そしてその規模ははるかに度を越していた。

(注)リーマンショック後よく「投資銀行モデルの終焉」とか言われるが、「仲介」から逸脱した部分はシュリンクするのだろうが、本来のプライマリー市場における「仲介」部分は今後もなくならないという意味で、この言い方は間違っている。

 

また、「仲介」の部分に関しても、通常のビジネスでは身入りに限界があったので、金融工学を悪用して「サブプライム」なるものを作り出してしまった(金融工学自体が悪いわけではない。使い方を間違えたのだ)。そして、さらに悪いことにそれにお客がついてしまった。なぜなら世界中でカネが余っていたからだ。では、なぜ従来の「仲介ビジネス」の実入りが悪くなったのだろうか。

 

それは、経済のグローバル化が進み、M&Aによる企業の大規模化が進むにつれて、トヨタなんかを見ればわかるように、企業自身が自分で「金融」できるようになるからだ。自分で「金融」が出来る企業からすれば、わざわざ中抜きされて「仲介」なんかしてもらう必要がない。だから「仲介」を生業とする金融業者のビジネスが減るのだ。

 

つまり、実は経済のグローバル化・企業の大規模化とともに、「仲介」という役割を担う「金融」はなくならないまでも、その役割を縮小していくべきであったはずなのに、そうはならなかった。つまり本来のビジネスは減っても図体のでかさは残ったため、「食っていく方策」を見つけなくてはいけなくなった。それが「モラル」を欠如させ、「自己売買の膨張」と「(後から見れば)いかがわしい金融商品の開発」に向かわせたのではないか。

 

そして、それが、経済が成熟して投資する先がない「企業」と、まだ掛け金収入が給付を上回って「カネ」が余って仕方が無い年金という、ダブルの「ワキの甘い」人たちによって支えられたのではないだろうか。

【参考】世界経済の成熟とバブルとの関係について考えてみる
http://globalmarketwatch.net/mt/2009/01/post-30.html


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